ホレンコの友 2024年6月号     

               「聖書をしっかり読もう」

               日本キリスト教会:札幌白石教会牧師 斎藤義信

 

 ホレンコの放送が続けられていることに驚きと感謝を覚えています。神のなされることの不思議さを思わざるを得ません。同時にホレンコが長い間多くの人々に支えられてきていることをまざまざと見せつけられます。これからも少しでも長く放送が続けられることを願っています。
私ごとですが、84歳の誕生日を目前にして聖書の全く新しい読み方を示されて、目から鱗の思いをさせられています。聖書は分かったつもりで読むのではなく、常にあたらしい想いを持って読まなければならないことを痛感させられました。マタイ福音書7章1節〜14節は何十回も触れてきたところですが、3つの話として読んでいくのではなく、この聖書の箇所は1節〜14節までが一つのまとまりを持った箇所として読まなければ主イエスが言われた本来の意味を読み取ることができないという聖書解釈にごく最近触れ、改めて読み返してみました。人を裁くなというところに聖なるものを犬に与えてはならないと言われています。神の言葉を教会を荒らす人々に与えてはならないということですから、最終的には裁きを行うことになります。裁くか裁かないかは私たちの基準で決めるべきものではなく、神との対話である祈りが必要であることを示されます。さらに具体的には自分たちの行動を慎むだけではなく、主に生かされている感謝の思いを持って「人にしてもらいたいと思うことは何でも、積極的に人にしてあげるようになる」ことが求められていますが、そのためには「苦労してでも狭い道を歩んでいく」ことが必要なことを教えらます。
他人から嫌なことを言われたり、されたりした時に私たちは「あの人はああいう人だ」「ちょっと神経質すぎるのだ」「もともと口の悪い人だ」とその人にレッテルを貼付け(さばいて)結局は、一番楽な方法で自分を正当化してそれで終わらせてしまっています。そこから先は何もありません。なぜあの人があんなことを言ったり、変な態度をとるのだろと考えることもありません。結局は自分を正当化するために人を裁いていますし、安易な楽な道に逃げ込んでいます。
裁かないためには狭い道をいくというようにやっぱりこの所は一つのまとまりを持っていることを教えられました。
もっともっと丁寧に聖書を読んでいきたいものです。               (ホレンコ幹事)
 

    

                   





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