ホレンコの友 2021年5号

    『神の霊はすべての人に』
                      日本キリスト教団名寄教会牧師 日向恭司

今年のペンテコステは5月23日となっています。使徒言行録2章に記されているように、約2000年前のこの日、弟子たちに聖霊が降ったところから、キリスト教の福音宣教が本格的に始まりました。それは、誰一人として宗教家としての資格を持たない、「信徒運動」として始まったということを見逃してはなりません。 ちなみに北海道および日本の福音宣教に多大な影響と功績を残した「札幌バンド」という信仰のグループがありました。「熊本バンド」「横浜バンド」と並んで、日本のプロテスタント教会発祥の地とされています。彼らは今の北海道大学、昔の札幌農学校のクラーク博士の生徒たちで、その中心メンバーに内村鑑三や新渡戸稲造らがいました。「札幌バンド」の運動も、誰一人として伝道者の資格を持たない信徒による宣教で、そのことが問題とされたこともありましたが、彼らは教会(独立教会)を建てて、その働きを広げ、今も彼らの宣教の実は力強く残されています。内村鑑三は北海道を離れてから「無教会派」として、必ずしも牧師や神父の指導を必要としない、教会の組織に所属しない形の信仰の在り方を追求しました。 北海道では、礼拝の説教を信徒が担当するということが、比較的多くの教会で行われているように思います。多くの教会が牧師不在の期間を経験し、地方では教会間の距離が離れていて全ての日曜日に牧師を呼ぶことが難しい事情があるということも理由の1つでしょう。 しかし日本全体で見ると、キリスト教会は神父や牧師のような教職者と信徒の区別が必要以上に残されている教会が多いように思います。「牧師は神の言葉を受けて福音を語り、信徒は聞いて従う」というような、一方通行的な教会観が根強く残っていて、信徒一人一人に与えられている「福音の言葉」を聴こうとする思いが乏しいといえるかも知れません。 そんな思いもあって、わたしはこれまでどの教会でも、礼拝で信徒による奨励を聴くことを大切にしてきました。 自分で牧師をしながら、「牧師ってどうしても必要なものだろうか」と考え続けてきた部分もあります。考え、迷いつつも、やはり必要だと思うので今まで続けて来ることができました。それでも、信じる者すべてに神の霊が注がれていることと、皆が福音の力を持って生かされているということには、疑う余地はありません。ペンテコステの日を控えて、改めて教職者も信徒も心を合わせ、それぞれの賜物を生かして、皆で共に神様の御心を地上に現していきたいと思うのです。

 

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