ホレンコの友 2019年5月号

              「笑いつつ拍手し合う時」  ルカ11:20
                            日本キリスト教団島松伝道所牧師 辻中明子

イエスは多くの人を癒しました。それをどのように受け止め、理解するのか、当時イエスの周りにいた人にとっても、現代の私たちにとっても謎です。ルカ福音書11章では 「悪霊の頭ベルゼブルの力」を使っているから出来るに違いない。イエスも悪霊と同族で、それなら理解できる。そう詰め寄る場面があり、愉快にさえ思います。イエスは「私は神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。」と答えます。癒しが生まれる時とは、悪霊退治のレベルではなく、神の国が実現している時だと語ります。
「浦河べてるの家」発の『当事者研究』という集会を島松の教会でも行うようになり8年目になります。平日の夜、月一回の開催ですが、教会関係者だけでなく、就労支援、医療、教育に関わっている方など、それぞれ自分の生きづらさを語り合う場として集まります。開会前に夕食を食べたり、食べながらだったりして、2時間ぐらい、平均して15名程が集まります。出席者は、自己病名(自分でつけた病名:ちなみに私は「世話好き過労型天然うっかり病」)の紹介、最近の体調、生活や人間関係の苦労を出し合います。その後、二人ぐらい選んで、その方のテーマを参加者全員で眺め、研究します。
 ある日「怒りが止まらない」をテーマにした方がいました。どんな時、どんな風に怒るか?
最近の出来事は?怒るメリットは?うまい怒り方は?参加者同士でワイワイガヤガヤ語り合います。やがて、その方が「分かりました!とっても疲れていました。」と、スーッと涙も出ながら「自分が疲れすぎていたことに、今気づきました」と。本人が、仲間と語り合いながら、自分と出会うこと。「疲れるほど、よくやっていた」ことに気づき、皆でそれを拍手し合う。笑いと拍手の音が響きます。
 ある日「認知少々、ボケ少々」をテーマにした方がいました。具合が悪いと認知に歪みがあり被害妄想になると。自分の妄想なのか、相手に確認したいが怖くてできない。これには、次々と共感の声が上がり、少し距離を取り、余裕のある時に取り組むなどのアイディアも出されます。しかし、認知が歪んだおかげで、逃げていた自分の課題に気づいた。最後には「認知少々、ボケ少々」は自分にとって、案外幸せのレシピかもしれない。という展開になり、おーっと大きな拍手が起こった。
 イエスの癒しとは。硬直した社会の中で、それぞれの生きづらさを認め合いながら、笑いつつ拍手し合う世界への導きだったのではないか。神の国を味わうためのレシピだ。
  



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