ホレンコの友 2020年8月号

                「主にあって平和を祈りつつ」
  
                日本キリスト教団麻生教会牧師 上森俊明

8月になりますと、太平洋戦争を思い起こさせる映画などのエンタテインメントや報道に促されて、平和について考えることが多くなります。もちろん、いつも平和であることを願っているわたしたちですが、平和に心を寄せる季節が与えられていることは良いことだと思います。終戦から75年が経過し、当時のことを語れる人も少なくなってきました。同じ戦争であっても、いつどこで経験したかによって語る内容は違います。私自身が、戦争について、これまで聞いてきたこと、見てきたことを辿って見ますと、母から聞いた学校での竹槍訓練、疎開先で大切な着物や貴重品を米と交換したことなど、日常が戦争一色になったことを悔しい面持ちで語ったことを思い起こします。また、牧師として教会に仕えているとシベリア抑留された信徒の方からお話を伺ったり、満州から帰ってきた信徒の方のお話を伺ったり、さまざまな経験を聞かせていただきました。
 広島平和記念資料館には、これまで数回訪問しました。その都度、原爆の恐ろしさを感じます。他にも、イスラエルのホロコーストミュージアムを訪れたこと、沖縄訪問で感じたことなど、紛争解決のためにくだされる戦争という決断の結果が悲惨であることは、残された資料を見ても明らかなことです。にもかかわらず、世界のどこかで紛争があり、武器が使用され、戦争状態は解消されることなく、この世に存在しています。
 今、わたしたちはコロナ禍において、さまざまな感染症拡大防止対策をとって生活をしています。マスクをしたり、除菌や換気を徹底したり、他にも、手洗い、うがいなど、細かく取り上げれば切りがないほど、気を付けて生活をしています。当初、「コロナウイルスとの戦い」という言葉が用いられ、勇ましい戦いを想起させる報道一色になりました。このような報道を見ながら「戦い」という言葉に煽られている社会に違和感を覚えながら過ごしていました。
 人は自らに与えられた命と向き合って生活をしています。人を死に至らしめる原因や人を不安に陥れる原因は数多く存在しています。このような現実の中で、わたしは牧師として召されて礼拝を司る者となり、主イエス・キリストにあって平和と平安を願う祈りを続けています。これからも祈り続けることでしょう。人の力によって平和と平安が実現されるのだとおごり高ぶることなく、主によって成し遂げられている平和と平安を信じ、祈り続けたいと思います。


 

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