ホレンコの友 2018年8月号

            『通信講座に導かれて 』                                     

                          日本キリスト教団 小栗昭夫

3月末日をもって45年間の牧会生活を終え、引退いたしました。初任地は美しい羊蹄山を見渡せる洞爺湖湖畔に建てられた小さな教会に28歳の年に単身赴任してきました。神学校を修了したその足で来ましたので、牧会経験の全くないまま、「主任・担任教師」としての働きに入りました。未熟さの故にたくさんの失敗や迷惑をかけてきました。その後、結婚した翌年に小樽に赴任して来ました。今では4人の息子、娘たちが与えられ、6人の孫たちが与えられました。しかし子どもたちに言わせれば、たとえ45年間北海道で暮らしていても、「そだねぇー」と言おうが、「○○でないかい」と言おうが、本物の「道産子」には成り切れていないそうです。初代は、そんなものかと思います。ならば、浅草に本籍をもっていた江戸っ子として、遠山の金四郎や勝海舟のようにべらんめえ調でしゃべれるか、というと、もうそれも上手くはできません。
そんな人生を振り返りながら、自分が初めて意識的にキリスト教に触れた頃のことを思い起こしていました。あれは中学2年生の後半。真夜中まで続く勉強に疲れて、気分転換に机上の小さなラジオのスイッチを入れると、賛美歌が流れてきました。題名は全く覚えていませんが、心に染み入るメロディーであったことは確かでした。思わず耳を傾けて聞き入りました。その時に語られたメッセージも覚えてはいませんが、最後に「聖書通信講座」があるから、希望者はお葉書を下さい、との案内があり、急いで宛名をメモし翌朝投函しました。
興味いっぱいの通信講座でしたが、最初のころは、必ずと言ってよいほど「頭で理解しようとせず、心で感じ取ることを大切にして読んでみましょう」との添削文が付いていました。よっぽど理屈ぽい人間だったようです。そのうち、「信仰生活は教会生活を通して育まれますので、是非、お近くの教会を訪問してみましょう」との勧めのことばがあり、紹介されたのが徒歩5,6分のところにあった「日本キリスト教団 霊南坂教会」でした。このように、初めて意識的にキリスト教に触れたのが「ラジオ伝道」だったことは、本当に奇すしき主のご摂理だったのでしょう。なぜなら、引退した今、同じラジオ伝道を働きとしている「ホレンコ」の幹事としてご奉仕させて頂いているのですから・・。
 こうした個人的なささやかな経験ですが、「ホレンコ」の放送に耳を傾けて下さる中にもきっと同じような出会いの経験者も与えられるかも知れない、と願いつつ、来年、いよいよ60周年を迎えるホレンコの働きに感謝と希望を持って携わらせて頂いている日々であります。皆さまのお支え、ご協力を心から感謝致します。(ホレンコ幹事長)

              


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