ホレンコの友 2022年5月号

                「引き下がれ、サタン」

                            日本基督教団置戸教会牧師 荒谷陽子
 

 この原稿を書いている3月下旬、ニュースは連日、ロシアによるウクライナ侵攻の様子を伝えています。見るも無残に破壊された家やビル。わが子を失い、悲嘆にくれる母親。絶望のうめきを上げるお年寄り。父親を残して避難する子どもの、ぬぐってもぬぐっても潤んでくる青い瞳。そんな映像の次に、プーチン大統領の顔が映ります。この人が、この惨状のすべてを起こしている…この人の頭の中は、いったい頭の中はどうなっているのだ――そう思わずにはいられません。
 主イエスは何とおっしゃるでしょうか。「父よ、彼らをお赦しください。自分たちが何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)――そう執り成しておられるでしょうか。
この言葉も頭をよぎります。「サタン、引き下がれ」(マタイ16:23)。十字架の死を予告する主イエスをペトロがいさめた時の叱責です。主イエスは、「ペトロ、引き下がれ」とはおっしゃいませんでした。ペトロの心を支配する人間の思いに、退却を命じられたのです。
 自分のしていることがわかっていないとしか見受けられないプーチン大統領の心には、今どんなサタンがとりついているでしょう。自分と主義思想を異にする者への憎しみと恐怖。おのれの安寧を脅かされる不安と焦り。仲間だと思っていた者に裏切られたと感じる憤りと孤独。命の尊さや人の痛みに対する心の麻痺。後には引けないという意地とプライド。力によって万事意のままにしようとする傲慢さ、委ねることのできない頑なさ…。これらの思いは皆、私たちすべての心にも巣食っています。こうした思いに対し、主イエスは「引き下がれ」と叫ばれます。ギリシャ語の原文は、「わたしの後ろに退け」です。荒れ野でサタンの誘惑に遭われた時も、主イエスはサタンに叱責の言葉を吐かれましたが、その時はただ単に「退け」でした。でも、ペトロに対しては、「後ろに回れ」。これはまるで、「従って来い」とおっしゃっているようにも聞こえませんか。ペトロにとりついたサタンに対しては、「消え失せろ」。解き放たれたペトロには、「ついて来い」。そんな二重のメッセージが感じられてなりません。
 「わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から」(エゼキエル33:11)。プーチン大統領のために祈りましょう。そしてどうか、気づかせていただけますように。おのれの目の中の丸太に。

 



 

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