ホレンコの友 2018年7月号
                  

            『喜びの賛歌』              
               バプテスト宣教団:コイノニアキリスト教会牧師 平吹貞夫
                    

「1全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。2 喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。3 知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。4 感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、はいれ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。5 主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る 」 (詩篇100篇)

 この詩篇100篇は、神殿に会衆が入場するときに歌われたものだと言われています。前半の1節から3節は神殿に向かう神の民たちによって賛美され、後半の4節5節は、神殿側の迎える賛歌で、先に天国へ招き入れられた信仰の先人たちが、賛美をもって迎えてくれる賛歌です。主によって天へ迎え入れられることは、最高の「喜び」であり、何よりも「感謝」なことです。
 主の門で、私たちを迎えてくれる信仰の先人たちは、「主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る」ことを既に味わっている人々です。彼らは、主の素晴らしさを賛美しつつ、私たちを迎えてくれるのです。それは、キリストであられるイエス様が「聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと」(Tコリント15:3−4)を信じる者たちに与えてくださる完全な罪からの救いの時であり、死からのよみがえりを味わう時です。
 「全地」が、「主に向かって喜びの声をあげる」時がきます。その喜びは、決して変わることがなく、信じる者と共にあり続け、主を礼拝するために招き迎えてくださる時です。その「喜び」の源は、主の民として天に迎え入れてくださると言うことにあります。
 私たちは、やがてこの地上の営みを終え、天に迎えられます。それは、全てのわざわいから解放される時、神を礼拝する民として永遠のいのちを喜び楽しみ共に生きる時です。
 イエス様は、私たちを天に迎えてくださる準備をしてくださっておられます。イエス様は「あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたをわたしのもとに迎えます」(ヨハネ14:3)と約束してくださいました。ですから、その日を待ち望み、この主の決して変わることのない約束を感謝しつつ、主の門で、私たちを迎えてくれる信仰の先人たちとの再会を楽しみに、与えられた人生を歩ませて頂きましょう。「やがて、天にて喜び楽しまん。きみに目見えて勝ち歌を歌わん」(聖歌638番)との賛美を胸に。


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