ホレンコの友 2018年5月号
                  
                 「春」      

                    日本バプテスト同盟:札幌北野キリスト教会牧師 岡口 学

時は春、日は朝、朝は七時、片岡に露みちて、揚雲雀(あげひばり)なのりいで、蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し。(ロバート・ブラウニング「春の朝」/上田敏訳)
雪と氷の冬は、白く美しいものですが、命の力は暖かな春に動き出します。ロバート・ブラウニングの「春の朝」は、春の暖かさの中で生き物たちが活き活きと、そして平和に過ごす情景を感じさせます。しかし、この詩は楽観主義的な自然賛歌ではありません。この詩は元々は「ピッパが通る(Pippa passes)」という物語の一部です。「春の朝」が歌われている場面は、オッティマとセバルトという男女が、不倫の末、オッティマの夫ルカを殺害したことを自己正当化しているという、穏やかならざる場面です。ピッパという少女は、年に一度の大事な休日(新年)を喜んで過ごそうと、神様を賛美しながら町を歩いていたのでした。窓から聞こえてくる賛美の声を聞いた二人は、神様によって素晴らしい世界と春の時が与えられているにも関わらず、自分たちが悲惨な罪の深みの只中にいることに気付かされます。「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し」は原文では"God's in his heaven All's right with the world"です。神様は私達の目には見えないけれども、確かに天におられる、だから世界の全ては上手くいくのだ、という意味です。物語の始めにあるピッパの長い独白では、彼女が純真無垢な幼子ではなく、自分自身を含む社会に起きている問題に気付き悩みながら、前向きに生きようとしている人物として描かれています。

 「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。
はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。(ヨハネ福音書5章24-25節)」

冬の寒さが厳しく、長く感じられるとしても、必ず春は訪れるものです。土の中から種が芽を出すように、動物たちが冬ごもりの巣穴から飛び出してくるように、冬には息を潜めていた生き物たちは、活き活きと動き始めることが出来るように、人間もまた過ちや失敗、あらゆる罪深さといった冬の時を超えて、新しい季節を活き活きと生きることが出来ます。春の暖かな日差しが、生き物たちに新しい季節を知らせるように、神様の言葉は私達に新しい恵みの時、喜びの季節を、知らせているのです。

 
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