ホレンコの友 2019年7月号

                    「神様からの贈り物」      

                                           日本基督教団札幌元町教会牧師 高濱心吾   

イエス様を取り巻く群衆の中の一人が、「先生、わたしに遺産をくれるように兄妹に言ってください」(12:13)と主イエスに訴えました。これは欲張りでも不当な要求でもない正当な訴えです。恐らくこの人は、兄弟から遺産の相続について不当な扱いを受けていたのでしょう。イエス様の促しならば、兄妹も従うと思ったのかもしれません。しかしここでイエス様は、「誰がわたしを裁判官や調停人に任命したのか」(12:14)と、つれない返事をされます。それは、もっと大きな贈り物に目を向けなさいという促しです。この世における分配や、私たちの財産、とっても大事な事柄ですが、イエス様がわたしたちにくださるのは、その遺産を増やすこととか、あるいは、健康にしてくれるということではありません。目に見える資産などの行く末に執着していることへの戒めをされるのです。そして、豊作を大喜びする農夫の例えを語り、「自分のために富んでも、神の前に豊かにならないのはこの通りだ」(12:21)といわれます。                    自分のために富むことを人生の目的とするのは当然のように思えます。わたしの幸せ、わたしの安定、わたしの教会、私の家族、私の仕事、そういうことを願わない人はいません。ただ、「それが、最終目的ですか?」というのが、イエス様の問いかけです。私たちは、自分の富や財産に、自分のやり方に、自分の願いに執着するのです。しかし、本当に神様がくださった贈り物を喜んで受け入れることが出来た時、イエス様が、主の御用のために私を生かしてくださっている。そのことを信じることが出来た時、わたしたちの命は、永遠の命に結び付けられていくのではないでしょうか。
教会が示すべき光は、神様が来てくださって、私たちと共にいてくださるという、この喜びの光です。この世界で、うまく立ち回り、人よりもかっこよくなることが喜びではありません。
たちが人生の目的とするのは、神のご支配を迎え入れる事です。この私のようなものが、神様からこんなにたくさんの贈り物をいただいた。その神様の深い愛を、分かち合っていく。我々は、共にこの贈り物を喜びたいと思います。 

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