ホレンコの友 2020年6月号

                 「多くの実を結ぶために」

              インマヌエル恵庭キリスト教会 牧師 小 田  満

「わたしは真のぶどうの木、わたしの父は農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。」    (ヨハネの福音書15:1,2)

W・クラーク博士は北海道を去るとき「少年よ、大志を抱け!!」と言ったそうですが、イエス様は十字架刑の前夜、ご自分をぶどうの木に譬えて、弟子たちに言われました「わたしのことばにとどまっていなさい。そうれば、多くの実を結びます。」(5節)
ぶどうの木は幹が細く、幹と枝の区別がつけにくいのですが、幹は樹液を送り、枝は実を実らせます。その際、無駄な枝を剪定すると、より多くの実を結ぶことが出来ます。ですから、農夫の剪定と幹の樹液、枝の結実は3者一体なのです。
 イエス・キリストはぶどうの木であり、救いに与った者はその「枝」です。天の父は農夫であり、私たちが多くの実を結ぶために、私たちを剪定されます。「剪定とは植物の不要な枝を切り取って生育を促し、多くの結実をもたらす作業」と言えます。
 ところで、戦後、あるクリスチャンの青年は米国の神学校に留学しました。彼はフルートが好きでした。ところが伝道者となるべく神学校での訓練を受けるに際し「好きなフルートは勉学の妨げとなる」と、心に示され、ついに船のデッキから海に投げ捨てたのです。後に、彼は米国大学の最優秀生リストに載せられました。また帰国後、多くの人々を主に導き、多くの若い人々を主の働き人として訓育しました。
 剪定のハサミが入れられるとき、わたしたちは苦痛を味わいます。しかし、それを通して信仰は純化され、主のみことばが正しく見えてきます。
現在、人類は新型コロナウィルスの為に艱難に直面しています。試練、患難は苦痛をもたらします。しかし、「悩みというものは、どんな形でも、それが何ものかをもたらす天使と考えるなら、慰めとなる」と言った人がいます。神様は私たちが「多くの実を結ぶ為に」試練を与え給うのです。
私たちが結ぶ実とは何でしょう。ぶどうの木の樹液が枝にぶどうの実を結ばせるように、イエス様の霊的樹液は、私たちに信仰者の品性、すなわちイエスキリストの姿を結実させます。私たちが「多くの実を結ぶことによって、天の父は栄光をお受けになります」(8節)
私たちは「多くの実を結ぶ」者でありましょう。またホレンコの働きが、多くの実を結びますよう祈りましょう。その働きに感謝して、大いに活用しましょう。

 

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