ホレンコの友2023年11月号     「この恵みの業に」
         

                     日本ナザレン教団札幌教会牧師 古川修二

 九州の平戸島から上京し、学生生活を始めた私はある日、アルバイトの帰りに、お金を失いました。 電車の網棚に、当時ひと月分の生活費の半分である実家からの仕送り2万円と聖書を入れたバックを置いていたのですが、疲れて眠ってしまい、目が覚めたときには、バックはありませんでした。途方にくれましたが、思い切ってそのことを通い始めた教会の祈祷会で報告して、祈っていただきました。そしてある方がその2万円を貸してくださったのです。半年後に、アルバイトで貯めたお金をお返しするのですが、その方は「これは神さまにささげたものです」と言って受け取られませんでした。それで私はそのお金を教会にささげ、私を含む4名で、箱根で開かれた聖会(ケズィック・コンベンション)に参加しました。講師はポーロ・リース牧師でした。そして、私はメッセージを聴き、福音のために生きることを願い、祈ったのです。その後、いくつかの集会で、その思いを確かめ、最終的に決断したのは、東京淀橋教会での集会でした。それも献金のお勧めに、そのとき持っていたお金をささげて立ち上がったのです。そのために帰りの電車賃を友人に借りるような始末でしたが、懐かしい思い出です。そして教会の皆さんに祈っていただきながら神学校入学を目指すのですが、献身に激しく反対していた両親に援助してもらうことはできず、入学を一年延期しようと考えていたときに、別のある方に声をかけていただきました。
 その方は、「これは、神さまにささげるものです」と言われ、一年分の寮費に充当する大金をささげてくださいました。その祈りとささげものなしに、私の神学校生活はスタートすることができませんでした。その年の12月26日、その方は天の故郷に帰られましたが、入学を祝って贈って下さった本の内扉には、ルターが愛したと言われる詩篇119篇92節の聖句が書かれてあります。
「あなたのおきてが我が喜びとならなかったなら、わたしはついに悩みのうちに滅びたでしょう。」
 64年前に始められたラジオ伝道ホレンコの働きが継続しますように。「喜びへの扉」が閉じられることがないように、この恵みの業(献金)に喜びをもって与らせていただきたいと願い、祈っています。(ホレンコ幹事)

ホレンコの友2023年10月号    「聖書は一生」

                   日本キリスト教団札幌北部教会牧師 久世そらち

 幼いころ、毎晩きょうだいでベッドに入る前、母が『子どもの聖書絵物語』という本を読んでくれました。挿絵の数々は今もくっきりと記憶に残っています。
 毎週日曜日の教会学校でも、聖書のお話をたくさん聞きました。お話のほとんどは忘れてしまいましたが、聖書の中のたくさんのエピソードやことばに親しむことができました。
 青年時代、人生に思い迷ったとき、はじめて自分から聖書に尋ね求めてみました。教会にあった解説書をたよりに読んでいくと、こどものころから親しんだはずの聖書に、たくさんの新しい発見がありました。
教会の青年会の集まりで、聖書研究を担当してみんなに話したことがありました。すると牧師から「そらちさんが牧師になったらいいと思う」と言われました。
 神学校では、聖書を学問的に読むことを学びました。先人の知恵を借りて、さまざまな角度から聖書を読むことで、聖書のことばにどんどん新しい意味が開かれていきました。
 神学校のプログラムでフィリピンの神学校を訪ねる機会がありました。南の島の美しいキャンパスで、あたたかい歓迎会が開かれた席上、その神学校の教授が教えてくれました。
  「ここの学生たちは貧しく、神学書を買うことなどできない。図書館の本で勉強し、授業内容をひたすらノートに筆記する。卒業したら、聖書と、そのノートの束だけをもって与えられた伝道の場に赴く。今この国では多くの貧しい農民たちが暴力で土地を奪われ、行き場のない国内難民となっている。卒業生たちはそういう人々の所に遣わされ、彼らと共に聖書を読んで、今日を生きる希望を分ちあっている。」
 一冊の本、聖書が、いのちの書であることを教えられました。

 聖書は、一生の同伴者です。幼子にも、おとなにも、聖書は語りかけます。悩むとき、絶望するとき、聖書にいっしょうけんめい尋ねると、聖書を通して神さまの語りかけることばが聞こえてきます。聖書は、つきないいのちの泉なのです。

ホレンコの友2023年9月号        「黙想:豊かな実りの季節を前に」
    
                          日本聖公会 北海道教区司祭 池田亨

 教会勤務の関係から、当別・江別方面を自動車で移動する機会がよくあります。7月半ばの景色は小麦畑が収穫を前に色付いて、いわゆる「麦秋」そのものとなります。二十年ほど前、北海道に来たわたしにとって、この季節になると楽しみにしている北海道らしい美しい風景です。
 農家の人に尋ねてみると、小麦には、秋に種を蒔き越冬させ、7月下旬から収穫する「秋蒔き小麦」、そして雪解けと同時に4月に種を蒔き8月中旬過ぎに収穫する「春蒔き小麦」があるそうです。品種によってバリエーションがありますが、前者はケーキ・お菓子に、後者はパンにむくようです。それはともかく圧倒的に北海道は作付け面積と収穫量が多く、全国第一位です。
 確かに、その麦秋の風景は本州と異なり、なぜかヨーロッパみたいです。 
 先日、車を止めて、実った麦畑を観察してみました。穂の高さに視線を合わせたり、低い所から、見上げたり、視線の高低によって、見え方も変化して楽しめます。麦の穂は天に向かってまっすぐ、とても力強く勢いがあります。確か「稲穂」は「みのるほど こうべを垂れる いなほかな」にあるように、成長とその実りにおける謙虚さのシンボルとして表されます。「麦穂」といえば、「みのるほど 天にむかって 主に感謝」と歌っているかのようです。
 もう四十年ほど前、わたしが、東京で神学教育を受けていたとき、講義のなかで、ある教師が農協のロゴマークに言及されたことがありました。 
 先生曰く「麦穂がモチーフであり"協"の"十"は十字架がイメージされ、左下の"力"は一粒の麦が地に落ちる図形にデザインされており、そこには"一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。"(ヨハネ12:24)に由来する」と。戦後、各地の「農業会」が解体、改組され「農業協同組合」が発足、その理念と発足に関わった賀川豊彦(1888-1960)の影響のもと、今となっては「旧ロゴマーク」ですが、デザイン化されようです。
 実りの季節、想うことがあります。実りにいたるまでの作業、その苦労です。畑の土地の管理、病気に対する対策、水の管理はもとより、機械化された作業、その大型機械の設計から製作を考えるなら、たくさんの人々の協力があります。そして、ことに天候に左右される農業は人の力だけではなく天地を造られた神のご配慮が必要になりましょう。ゆえに、実りへ至る道には多くの祈りがあります。
 詩編のみ言葉が心に浮かび、口ずさむのでした。
「涙と共に種まく人は 喜びの歌と共に刈り入れる。」(詩編126:5)    神に感謝

ホレンコの友2023年8月号       「平和が来ますように」
           

          ウェスレアン・ホーリネス教団厚別キリスト教会牧師 小林悦治

 私は、毎週礼拝の牧会祈祷で、「まことの平和が来ますように」と祈り続けてきました。
 8月を迎える前にあらためて「平和」ということを考えさせられています。
教会の歩みの中で8月第一日曜日を平和聖日として守っておられる教会もあるでしょう。
 私もそのように守って来た教会で過ごしてきました。
 「あなたは平和ですか」、「平和の中に生きていますか」と問うなら、様々なことばがかえってくるでしょう。
 最近、イギリスで行われたテニスの世界大会を見ました。テニスだけでなく他の競技も互いに敬意をもって挨拶を交わして行うのですが、ウクライナの選手がベラルーシの選手と試合後の挨拶を交わさない、拒否していると報じられました。
 競技も、国と国との間で様々な混乱が起こっていると思いました。
 でも聖書は語っています。「義の実は、平和を実現する人たちによって蒔かれる」とあります。(ヤコブ3:18)
 また「すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません」とあります。(ヘブライ12:14)
 まことの平和を得ていくことは、平和の内を生きることは、主を見つづけていかねばならない・・・」と語っているのです。聖なる生活とは、真実な心、愛する心、互いを愛するということを大事にしていくということだと語っているのです。それは、愛そのものであるお方に、私の生き方を合わせていかなければならないと思うのです。本気で平和を追い求めていかなければならないと。
 まことに聖書の言う「平和」は、私たち(人)によって実現されていくべきなのです。
 そう、神を愛する者によって、その行動、その言葉、その関り方によって成し遂げられるべきものなのです。
 「平和は向こうからやって来ません」。困難があっても、自らが「平和」を知り、共に生きるという労を惜しまない歩みをしていくこと、それが神から託されているのだと思うのです。
 神にある聖なる生活を、本当に追い求めて、進ませて頂きましょう。そして、小さな祈りを続けていきましょう。
 「まことの平和がきますように」

【平和を造る人々は幸いである その人たちは神の子と呼ばれる】 (マタイ5:9)

ホレンコの友2023年7月号 「受洗の事実」

             日本キリスト教団琴似中央通教会 牧師 秋山千四郎

 私の手元に茶褐色に変色した一枚の紙がある。今から約半世紀前の1976年11月21日付の週報だ。その報告欄に「本日、三名の方々が洗礼を受けられます」とあり、その中に私の名前も記されている。この茶褐色に変色した一枚の紙は、私が洗礼を受けたこと、その「事実」の動かぬ証拠なのだ。
 そして今、この「受洗の事実」が私の拠り所となり、いのちの基盤となっている。思えば洗礼を受ける前の私の拠り所〜いのちの基盤は「より良く生きたい。真実に生きたい」との私の志、決意、決断にあった。早い話が私の「気持ち」が拠り所であり基盤であった。 しかし、洗礼を受けた時から私の拠り所・いのちの基盤は、洗礼を受けたという「事実」に取って代わった。
 あの日あの時、高校生の私がどこまでイエス・キリストの福音を理解していたか、今振り返ってみると何にも分かっていなかった。また信仰とは何か、キリスト者として生きるとはどういうことか、それすら分かっていなかった。
 しかし、分かる・分からないは二の次のことなのだ。大事なことは、あの日あの時、私は洗礼を受け、聖書が語るところの「主と共に死に、主と共に復活する」との使信に対して「アーメン」と答えたという、その「事実」が何よりも重要なのだ。
 そしてその「事実」が、これまでの私を支え、励まし、道に迷った時には正しい道へと連れ戻してくれた。だから「受洗の事実」さえ忘れなければ、私はこれからも生きて行ける。これが私の確信である。
 パウロは「わたしはイエスの焼き印を身に受けている」(ガラテヤ6:17)と語っている。波乱万丈のパウロの人生もまた「焼き印」によって、すなわち「受洗の事実」によって励まされ、支えられ生かされた人生だったのだ。
 また、マルティン・ルターの口癖は「私は洗礼を受けている」だったと言う。あたかもおまじないのように「私は洗礼を受けている」と唱えていたそうだ。ルターもまた、「受洗の事実」に立ち帰ることによって、宗教改革という大仕事を成し遂げることができたのだ。
 だから、私たちも「受洗の事実」に立ち帰りつつ歩んで行きたい。それさえあれば生きて行ける。そもそも人間の決心や決断や志ほど当てにならないものはない。真の意味で当てになるもの〜最後の最後にものを言うもの、それは生涯に一度限りの「事実」、訂正不可能な「事実」、何があっても消すことのできない「事実」、すなわち「焼き印」としての「受洗の事実」にあることを覚えたい。

ホレンコの友2023年6月号     「見よ、今が恵の時」 Uコリント6:2
           

        福音バプテスト宣教団:北広島チャペルキリスト教会牧師 木村恵一

 神様からの恵みというものを、私達はいつ味わうのでしょうか。やはり、自分を苦しませ悩ませる問題困難が解決した時、すなわち祈りと願いが成就し、心晴れて不安がなくなった時こそ、ああ恵なり!と、主に感謝を捧げつつその恵みを味わうということになると普通は考えられます。
 それならば、もし祈り叶わず、自分の心が幸いを感じなければ、私達は恵というものを中々味わう事が出来ないことになります。
ましてや世は益々自分の思い通りにならない事ばかりが起こり、問題はいよいよ山積みとなっているのが現実です。
 しかし神様は私達に宣言します「見よ、今は恵の時」であると。私達が味わうべきその恵みの時は過去でもなく未来でもなく、そして祈りが成就してもしていなくても、また不安や悩みがあるないに関わらず、自分が主に生かされている、この「今が恵の時」なのだとその真実を明らかにしているのです。自分の感情が恵を決めるのではなく、現状がどうであれ、主が「今が恵の時」であると真実を示すのです。
 それには根拠があります。全てのことは主にあって益とされており、祈り求めたるものは既に受けたる状況であり、この全地は主の恵みで満ちていると宣言され、いつも喜び感謝できることが約束され、そして何よりも信じる者には真の神なる救い主イエス様が我が内に共にいるという、今自分が生かされていることの特権が明らかとされているのです。それ故、主は「見よ、今は恵の時」なりと、この祝福の事実に注目せよと宣うのです。
 自分を取り巻く罪の暗黒増す現状に惑わされず、真実今が恵の時であることを噛み締め、主に感謝して参りましょう。
 そして、この最高の良い知らせを提供するホレンコ放送を、どうか続けて楽しまれつつお聴きくださいますように。

ホレンコの友2023年5月号    「キリストは、ほんとうによみがえられた ハレルヤ」

            日本聖公会北海道教区 聖マーガレット教会執事 三浦千晴

新緑の頃となりました。それぞれの場所でイースターを迎えられたことと思います。主イエス・キリストのご復活、おめでとうございます。
 聖公会においては、復活日前の日曜日から始まる一週間を「聖週」と呼び、この間毎日礼拝が守られ、福音書の受難物語に従って、主イエスの十字架への道を私たちも共に歩んでいけるように努めます。ことに聖週の最後の三日間、聖木曜日、聖金曜日、聖土曜日にはそれぞれ異なった記念の礼拝が捧げられ、御子の受難の出来事は、私たちのためであったことに思いを巡らします。聖木曜日には、主イエスが聖餐を制定され、また弟子たちの足を洗って、互いに仕えあい、愛し合うことを教えられたことを憶えるため、聖餐をいただいた後、洗足式を行うことが常です。そしてその後、翌日の聖金曜日・受苦日に備え、礼拝堂にある一切の装飾物を全て外し、撤去します。今年もそのように行いました。
 空っぽになった礼拝堂を見つめながら、私はふと「イエス様が復活されたことは、うそじゃない。イエス様はほんとうに甦られたのだ。」という思いを強く持つことができました。失って初めてわかる「ほんとう」があるのだと思います。主イエス・キリストの「ほんとう」とは、そのようなものなのではないでしょうか。教会とは、その「ほんとう」が満ちているところであるはずです。
 今年の一月末のまだ雪深い日曜日に、一通の封筒が教会のポストに入っていました。
その中には、献金が収められていて、表には以下の文面が記されていました。
 「1965年頃お世話になっていたKです。今日まで何かと心の支えにして参りました。キャロリングもよい思い出です。わずかですが献金させて頂けましたら有難いです。教会が立派になってよかったと感謝しております。雰囲気が変わらず、なつかしさで胸があつくなりました。横浜在住」
 この文面を読んで、私も胸があつくなりました。60年近くの歳月を経て、再び教会に帰り、かつてそこで過ごした日々、また出来事を思い起こすことにより、胸をあつくされたKさん。それはイエス様に出会ったことを、エマオへの途上で思い起こすことのできた弟子たちのようです。教会がそこにあり続けることの大切さを確信した出来事です。

ホレンコの友2023年4月号  「平和の祈り」
                          九州学院チャプレン 日笠山吉之

 ウクライナにロシアが侵攻してとうとう1年が経ってしまいました。停戦の兆しは一向に見えず、日々犠牲者が増え続けるばかりです。21世紀にもなってこのような血生臭い戦争が起きようとは、正直私は想像すらしていませんでした。文明の利器が発達して良い意味でのグローバル化が進むと、世界中に住む人々にはいわゆる地球市民のような自覚が生まれ、互いに認め合い助け合って生きていけるのでは?と淡い期待を抱いていたからです。

 しかし、それは幻想に過ぎなかったと日々思い知らされています。どの国も疑心暗鬼となり、互いに対話する道を閉ざし、軍事力によってこの危機を乗り越えようとしています。しかし、それが悲惨な結果を招くことは歴史が繰り返し証明していますし、何よりも聖書の御言葉が証ししています。それでも我々は懲りないのでしょうか。人間とはかくも愚かで罪深い者なのでしょうか。もちろん私もその一人に過ぎないのですが。
このような世界の状況の中で、心から祈りつつ賛美せずにはいられない歌は、平和を祈る歌です。アッシジの聖フランシスコが唱えたと言われる『平和の祈り』をご存じでしょうか?カトリック・プロテスタント教会を問わず、広く愛唱されている祈りです。日本では、高田三郎氏による訳詞と作曲によって賛美歌としても歌われています。

 「神よ、あなたの平和のために、わたしのすべてを用いてください。憎しみのあるところに愛を。争いのあるところにゆるしを。別れているところは一つに。疑いのあるところに信仰を。誤りのあるところに真理を。絶望のあるところに希望を。悲しみのあるところに喜びを。闇には光をもたらすために。」

 この歌はルーテル教会が一昨年の秋に出版した『教会讃美歌増補』にも収録されています。私はその賛美歌集の編集の責任を担っていたので、どうしても「平和の祈り」は入れたかったのです。それで、歌集が発行されるやいなや私が牧していた教会でも真っ先に取り上げて歌いました。皆さんもぜひ歌ってみてください。
私はこの4月から新しい任地が与えられました。九州の熊本にあるミッションスクールのチャプレン職です。日々一緒に礼拝に与り、聖書を教えているのは若き中高生たち。彼らが笑顔で思い思いの人生を切り開いていけるよう祈りつつ、この『平和の祈り』を一緒に口ずさんでいきたいと願っています。

ホレンコの友2023年3月号      「主の御名はほむべきかな」

                 基督兄弟団札幌栄光教会牧師 上野謙一 

今から五年前、私の教会に一本の電話がかかってきました。私たち夫婦は母教会が同じで、かつては一緒に賛美に関わる奉仕をしていたのですが、そのメンバーの一人でもあったある姉妹からでした。何とご主人の転勤で岩手県盛岡市から札幌に引越して来られて、新居も私の教会の近くなので、次からそちらの礼拝に出席したいというのです。
 そして次の日曜日から、毎週その姉妹とご主人、そして五人のお子さんたちが礼拝に連なるようになり、小さな教会は一気に賑やかになりました。特にそのお子さんたちのほとんどが中高生・青年の賛美チームSalighT=iソライト 「地の塩」「世の光」を英語にして繋げた造語)のメンバーとなり、礼拝をはじめ様々な集会で活躍してくれました。
 そして迎えた今年、チームとしての活動を継続し、新たなチャレンジもしていきたいと話し合っていた矢先、ご主人の大阪への転勤に伴い引越されることが決まりました。ご主人からの電話でその知らせを受けた瞬間、私は思わず「エーッ!」と叫んでしまいました。
 ご主人はいわゆる転勤族ですから、いつかはその日が来ると心備えをしていたはずなのに、実際はまさに青天の霹靂でした。妻も相当にショックを受けているようで、先日、祈りの中で「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」(ヨブ一21)とのみことばを引用していたのがとても印象的でした。恐らく、その時の彼女の関心は「主は取られる」に向いていたのだと思います。
 でも今、私は「主の御名はほむべきかな」の部分について深く考えさせられています。
 神は生殺与奪の権を握っておられる絶対者であられると同時に、ご自分を、主イエス・キリストを信じる者を愛して止まず、尊く用いてくださり、決して最善以下をなさらない方です。
 いつ、どのようにその最善がなるかはさておき、むしろ今そのただ中にあると信じて喜び、教会の皆さんとともに賛美したいと思います。

ホレンコの友2023年2月      「苦難のなかでも」

                 日本基督教団札幌中央教会 牧師 岸 敬雄

  
   イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。               (マタイによる福音書14章27節 日本聖書協会 新共同訳) 

 嵐の中で弟子たちは生死の間際でぎりぎりの状態になっていたのでしょう。そのような中で自分たちの師が身近に近づいて来たのです。
 しかし、ここは嵐が吹き荒れる湖の上なのです。舟にも乗らずに古城を歩いているお姿を見た弟子たちが幽霊だと思っても不思議では無いのでしょう。
その様なパニックになっている弟子たちに対して、イエス様は「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と話しかけられたのです。
 イエス様の方から語り掛けて下さったのです。私たちがパニックになっている時も、認識を間違っている時もイエス様は私たちに声をかけてくださるのです。
さらに言えば、波を恐れておぼれかけたペトロに対して、イエス様の方から手を差し伸べて下さり、荒波から引き上げて下さったのです。
 私たちに対しても、イエス様は声をかけ、手を差し伸べていてくださるのではないでしょうか。
2月は一年で一番寒い時期だと言われますが、北海道に来させて頂いて5年を過ごさせて頂きましたが、私の居る札幌の中央区では、寒さに中にも日差しの温かさが感じられる日があり、春があと少しでそこまで来ている。必ず訪れることを知らせてくれているような気がしたことが複数回ありました。
現在コロナ禍などで、苦難の中にあるとしても、どの様な苦難の中にあるとしてもイエス様は私たちを見捨てることなく、そしてイエス様の方から「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と告げて下さり手を差し伸べて下さっているのです。
 冬の寒さ厳しさがあるからこそ、木や草が芽吹く春の温かさ、嬉しさもひとしおなのではないでしょうか。
まだ、厳しい冬ではありますが、冬の雪が足りなければ夏に水が不足する事もあります。冬の厳しい中でも、そこから冬期のレジャー産業が生まれたりもします。
 どんなに厳しいと思われる中においても、確かに神様は私たちに手を差し伸べていてくださっていたのです。私たちは厳しい冬を耐えしのぎ春の喜びを知る様に、現在苦難に遭遇しているとしても神様は私たちに救いの手を差し伸べていてくださることを信じて、主による喜びの中で日々歩んでいきたいと望むのです。


ホレンコの友2023年1月号     「平和の主がともにいてくださる」

           イムマヌエル綜合伝道団札幌キリスト教会牧師 蔦田康毅

「どうか、平和の主ご自身が、どんな時にも、どんな場合にも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてとともにいてくださいますように。」
(第二テサロニケ3章16節) 【新改訳2017@2017新日本聖書刊行会使用】

 

新しい年を迎えました。去年の年明けには、間近に迫っていた「平和の祭典」、北京での冬季オリンピック開幕を楽しみにしていたことが遠い昔のように感じられるのは私だけでしょうか。思い返すと、私にとって北海道に赴任して初めて見る冬季オリンピックは、連日、北海道出身のアスリートたちが活躍されているという報道を誇らしく思ったものです。
ところが、その感動から僅か数日後、パラリンピックの開幕を目前にした2月24日、ウクライナが侵攻されたというニュースが飛び込んできました。その戦いは今も続いており、これまでの双方に多くの犠牲者が出ており、この厳しい状況の中で冬を迎えている多くの方々を案じています。この争いは、世界経済にも深刻な打撃を与えています。
さらに、繰り返される隣国のミサイルの発射のため、Jアラートなるものが何回も出される緊張した事態もありました。なかなか収まらないコロナの感染状況もあり、私たちの心と生活に恐怖、不安、悲しみ、苦しみの影を落としています。「平和の祭典」が遠い昔のように感じられるのは、このような緊張が続いているからかもしれません。
新しく迎えた1年に、私たちは良い年であるように、平和な1年であるように、と願いますが、いったい、どんなことが起こるのか、私たちには予想することもできません。むしろ、混沌とした時代に入ってゆくようなことさえ覚悟しなければならない状況かもしれません。
しかし、聖書のみことばに心を向ける時、私たちは新しい年に何が起ころうとも、揺るがされることのない希望と確信をもって臨むことができます。たとえ、世界の情勢、経済の状況、天候や自然界にどのような問題、混乱が起ころうとも、「平和の主」がともにいてくださるという約束が与えられているからです。その平和の主、神様は「どんな時にも、どんな場合でも」平和を与えてくださる神様なのです。
この一年が何事もおこらない平穏な年である保証はありません。むしろ、平和が乱されるような事態、不測の事態、災いと思われるような事態が起こるかもしれません。しかし、たとえそうだとしても、それは平和を与えるという神様の「どんな時にも、どんな場合にも」という約束の範囲内である、ということは、本当に心強いことではありませんか。私たちと、どんな時にもともにいる、と約束してくださっている平和の主と共に、この一年も歩み出しましょう。